7月3日   花ちゃんとの悲しいお別れ。まだ信じられないが。佐久市民しんぶんでの写真が最後となる。


今朝のこと。佐久市民しんぶんを見て、「はなちゃんも可愛く撮れてるね」と話していたら、、8時ころでしょうか、食事後のこと、はなちゃんが、喧嘩してる時のような変な声を出すので、「はなちゃんどうしたの」と気にしてると唾のようなものを吐きます。はなちゃんが吐くなんて、珍しいって思いながら、出したものを拭いてやったら、 又吐く様子なので、玄間から外へ出してやりました。
 その後、どうしたかな と気にしながら外へ出てびっくり。玄間の前ではなちゃんが横になっています。もうすでに死んでいました。声も立てずに、苦しんで、もがいたのでしょうか。手足が土で汚れていました。なんということでしょう。声が聞こえなかったのでしょうか。ごめんね、もっと早く気ずいていたら、、どうにかなったのでしょうか。 とくさんに知らせると 
 「何か、毒でも、、除草剤のかかった草でも、」、今となってはもう 何が原因か解りません。何か異物を口にしたのでしょうか。とにかく朝の鳴き方の時もっとそばで、様子を見れば良かったのに、
 本当にごめんなさい。ごめんなさい。 
あの小さな体で、5匹も育てたのですから、、体力も落ちていたでしょう。かなり痩せていましたから。
 5匹におっぱいを吸われたら可哀そうだから、、と早くから離乳の準備をしていたので、5匹の子猫は育つでしょうが。
 それにしても、今日この時点でお別れするとは。まったく想像もしませんでした。
 2階のどこかで、ひっそりと5匹のお産を済ませて、下へ降りて来た時は、白い体に血の色がついていて、いかにもお産の後でした。子猫んの近くへ行かないほうが良いと思って、そっとしておきました。
 何匹いるのか解らないので、とにかくいつ餌を食べにきてもお茶わんに餌はいっぱい用意しておきました。水分もいっぱい取るように、お水も常に新しくして、子育ての応援をしていました。
 何匹産んだかな、、3匹かな、、など楽しみにしていました。 
 5月25日にお産して、丁度1カ月した6月26日のことでした。
 私たちが映画を見て帰ってくると、とくさんのベットの下で、子猫の泣き声がします。ベットを動かしてみると、3匹います。やっぱり3匹産んだね、、と話していると、もう一匹見つかりました。
 4匹ベットの上に乗せてはなちゃんに、「よく頑張ったね」と声かけしていると、、いつの間にかはなちゃんがいません。 そうしたらはなちゃんが もう一匹くわえて来ます。「あれれ、5匹も産んでいたの」とびっくりしました。
 とくさんのベットの上で、子猫に授乳するなちゃんを、写真に何枚も撮りました。
 はなちゃんが子猫で我が家へ来た時も、このベットでした。
  「古巣へ自分の子猫も連れて来てくれた。」と とくさんは心からうれしいと喜 んでいました。
 それから、段ボ^ルを用意して、子猫達を入れてやりました。時々はなちゃんが、段ボールの中へ入っておっぱいをくれています。5匹がおっぱいをそれぞれくわえるのですから、その騒ぎは大変です。でもよくしたもので、すぐ落ち着いて、おっぱいを飲んでいます。そのうちに眠りながら飲んでいます。可愛い光景に私たちも癒されていました。

 はなちゃんは 子猫達んに教えてやりたいのか、ある日小雀を捕って、くわえたまま、段ボールに入って、子猫達に見せていました。
 そんな日のことなど、次から次に思い出されてなりません。
 わずか1週間でしたが、親子のほほえましさを私たちに見せてくれました。これからは、私がお母さん代わりをしてやらなければなりません。体調を見て餌の量も加減してやらなくては。しっかり育って、可愛がってくれる家に貰われて欲しい。
 それにしても、あのはなちゃんが、居なくなってさびしい。まだ信じられない気持です。